【パース&シドニー】2度の留学でリベンジ果たした意識の変化


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はじめまして。ブログ『レコメンタンク』『いただきライフ』を運営するみるおかと申します!

僕は大学時代に留学を2回経験しました。
それぞれ2ヶ月、6ヶ月と、短い期間でしたが色々得るものがありました。
今回はこの場所を借りて、その思い出を振り返ってみたいと思います。
これから短期留学を考えている学生にとって、少しでもヒントになれば嬉しいです。

僕が留学を決めるまで

留学って響き、良いですよね。
いかにも意識高い大学生って感じで。
10年近く前なのですが、僕が大学生だった頃、同じサークルの女の子が英語堪能だったんです。
彼女は大学1年から冬休みには毎年アメリカやカナダに留学していました。それが楽しそうで、とにかく羨ましかったんです。

そしたらやっぱり行きたくなるじゃないですか、留学。
なんだかんだ僕も大学入試のセンター英語では9割取っています。
なんとなく『オレなら海外でもやれるんじゃないか』という自信がありました。若かったですね。

行動力には自信があったので、親に相談したんですよ。

ぼく『冬休みに留学したいんだ』

母『どれくらい?』

ぼく『2ヶ月くらい。』

母『どこへ?』

ぼく『決めてない。』

母『お金はあるの?』

ぼく『僕じゃ払えない。』

母『誰が払うの?』

ぼく『出して欲しいんです。』

母『いくら?』

ぼく『70万円くらい』

母『ふざけるな』

もうわかったと思うんですが、当時僕はすごくバカだったんですね。
教育熱心な家だったので、学校や予備校にはかなり自由にお金を払ってくれていたのですが、さすがに怒られました。

結局、

  • 半額は留学までに自分で貯める
  • 20万円は援助する
  • 残りは親に借りて毎月2万以上返す
  • 生活費は自費

という条件で、オーストラリアへの短期留学が決まりました。
バーミヤンでバイトして半年で30万円貯めましたよ。
(※本当はイギリスのマンチェスターに行く予定だったのですが、語学学校のパンフレットに『マンチェスターユナイテッド観戦ツアー付き』と書いてあったのがバレてしまい却下されました。)

まとめると、1回目の留学を決めた理由は、

『短期留学って、かっこええやん』

という単純な理由です。
繰り返しますが、当時の僕はすごくバカでした。

 

短期留学1回目:パース(オーストラリア)

さて、僕が留学したのはオーストラリアのパースという西オーストラリアの都市。
写真は街中で見つけたバグパイプのパフォーマーと、馬に乗ったポリスメンです。

シドニーやメルボルンと比べると少しマイナーですが、オーストラリア第4の都市、『世界一住みやすい都市』とも言われる素晴らしい場所です。
僕が通っていたのは、ASPECT COLLEGE パース校という語学学校。英会話で有名なECCが仲介してくれました。
そこから電車で20分ほどの距離にあるホストファミリーの家にホームステイしていました。

 

挫折1:語学学校のテストのクラス分け

さて、入学説明のついでにクラス分けのテストを受けました。
内容は簡単な英文法と、グループ面接。面接といっても本当に雑談ですが。

筆記テストはめちゃくちゃ簡単!
中学の定期テストレベルです。点数はほぼ満点。

語学学校のクラスは、

Level 1:Beginner(初心者)
Level 2:Elementary(初級)
Level 3:Intermediate(中級)
Level 4:Advanced(上級)
Level 5:Proficiency(ネイティブレベル)

に分かれていたんですが、僕が振り分けられたのは、

『Elementary』

もう愕然としました。

『(こっ…こここっここここのボクがしょ…しょしょ初級だとぅ…!!)』

単純に面接で英会話がボロボロだっただけなのですが…
英語を勉強ではなく言語、コミュニケーションツールとして見れば当たり前ですね。
日本の学校の授業とは違います。

少なからず”英語が得意”という自負があったのでかなり凹みましたね。

 

挫折2:英語が聞き取れない

配属された『初級』クラスはアジア人7割、残りが欧州、アフリカ人でした。
語学学校には世界中から人が集まっていましたが、クラスが上がるほどアジア人の比率が下がっていきます。
同じクラスにはスペイン人もいましたが、文法は荒削りながら、発音、会話はほぼ完璧。これが現実でした。

さて、授業はもちろん全て英語ですが、そりゃもう全然聞き取れない。
留学前に発音は少し矯正していたため、こちらの言うことは伝わるのですが、とにかく相手の英語が聞き取れない日々でした。

テキストやホワイトボードの内容はわかるので、『オレは雰囲気で問題を解いている』という状態でした。

この時点で『英語が得意』という気持ちはゼロに。
これは良い挫折だったと思います。

 

挫折3:韓国の中学生が天才

さて、各国から集まってきていた僕のクラスですが、一番印象的だったのが、15歳の韓国人男子
当時中学生だったのですが、すでに TOEIC805点とのことでした。

『やべぇなお前!』みたいな会話をしたら、

 

『でも良い大学に入るには900点は必要なんだ』

『成績が優秀だと兵役でも優遇されるから、満点を取りたいんだ』

 

とにかく衝撃でしたね。
『オレこのままじゃヤバイのかな』という危機感が生まれました。
彼に出会えたことは、その後のモチベーションにもなりましたし、良い経験になりました。

 

ホストファミリーはどんな感じ?

ホームステイは提携先からランダムで選ばれます。
僕は内縁関係の熟年カップルが住む家。
優しいおばちゃんとナイスガイなおっさんでかなりの『当たり』でした。
夕飯にみそ汁を出してくれるサプライズも。普通に美味しいみそ汁で感激しました。

クラスの中には食事をまともに作ってくれなかったり、差別されたりと悪いホストファミリーに当たる人もいました。
ホストファミリーは余ってる部屋を金のために貸しています。必ずしも良い人とは限りません。
ステイ先は短期留学の成否にかなり影響します。
合わなかったらエージェントに相談してすぐ変えてもらったほうが良いでしょう。

 

留学先でのプライベートは?

写真はホームステイ先の近くの砂浜にて。
3月は夏だったのですが(日本と四季がほぼ逆)、たしかこれでも19時(放課後)くらいだったと思います。明るい!

留学先でのプライベートですが、友達とショッピングに行ったり、観光したりとありがちなもの。
日本は冬休みでもオーストラリアは夏!しかも海がクソ綺麗です。

ただ、親と『生活費は自分で』と約束していたのですが、バイト代は入学金などで使い切ってしまいました。
そのため、オーストラリアでは約50,000円(当時500豪ドルくらい?)で1ヶ月を過ごすハメに。

ただ、語学学校のオフィシャルな新入生歓迎会がEDMガッチガチのクラブだったり、かなり刺激的な1ヶ月でした。

 

彼女ができた

日本人の悪いところとして、留学先でも日本人で固まることが挙げられます。
遊び半分で来たものの、当時僕はこういう人達をかなり見下していました。
あえて距離を取り、とにかく日本語を避けて過ごすくらいには意識が高かったです。

ただ、留学して2週間が過ぎた頃、日本から1コ下の女子大生が隣のクラスにやってきました。
ストレートにいうと、めちゃくちゃタイプだったのでゴリ押しして連絡先を交換しました。
帰国後も連絡を取り合って付き合うことになったのですが、2ヶ月くらいであっさり浮気されフラれました。
その彼女は数年後スチュワーデスに。

今の僕に残っているのは『童貞を卒業した相手は現スチュワーデス』という儚い肩書きだけです。
良い思い出です。

 

短期留学2回目:シドニー(オーストラリア)

1回目の留学でボコボコにされたのが逆にモチベーションに。
英語の勉強はかなり捗りました。
帰国してすぐに受けたTOEICでは500点ちょっとだったのですが…(低)
半年後には865点になりました。

さて、2回目の留学は大学3年次にて。
単位もほぼ取り終わっていたので、後期に交換留学プログラムに応募しました。
TOEFLスコアが足りずに慌てましたが、直前になんとか学内基準を満たし、TOEFL iBT88点を取れました。

 

2回目の留学はガチめに

2回目の留学もオーストラリアに。
今度はオーストラリア最大の都市であるシドニーにやってきました。

1回目は民間の語学学校に通いましたが、今度は大学。
授業内容もディスカッションや専門科目など本格的です。

留学生向けに配慮されたプログラムとは言え、日本語でもカンタンではない内容。
それを英語でディベートするわけですから毎日必死でした。

あとはとにかく読書量が多い!
本を読んで考察する課題があったのですが、僕は英語の本はハリーポッターで限界。とにかく時間がかかりました。

欧米では日本と違って、大学を卒業するのにしっかり勉強しないといけません。
週末は遊びに行きましたが、放課後はほとんど読書でしたね。
ほとんど読書といっても、何冊も読むわけではなく、1冊読みきるのにも時間がかかりました…。

 

1回目の留学との違いは?

半年間と、1回目より長い留学だったのですが、思い出としては1回目の方が印象的ですね。
留学にある程度慣れてしまったため、特にトラブルもなく…
良くも悪くもスマートに過ごすことができました。

2回目の方が英語力は伸びましたが、思い出に残っているのはトラブルだらけの1回目ですね。

 

おわりに

短期留学と言っても、そのときのアクション次第で有意義にも無意味にもなります。
英語力というよりも、英語学習のモチベーションになったり、童貞を卒業できたりと、得るものは大きかったですね。

僕が実践した英語学習については、以下の記事でまとめているので、こちらも読んでいただけると嬉しいです。

【院試英語対策】最速で大学院合格レベルになるTOEIC&TOEFL勉強法|いただきライフ

TOEIC400点台でも900点を超えられる勉強法を一気にまとめてみた|レコメンタンク

それでは。

質問コーナー

1. 留学2回目に行こうって思った理由は!?

Kitarou
なんで2回目って思いましたか?

フル単なので、3年前期で単位を取り終わって暇でした。
理系で大学院進学がほぼ決まっていたので、就活の予定もありませんでした。
ちょうど良いタイミングで交換留学募集の告知を見かけたので、良い機会だと思って応募することに。
親はTOEICとTOEFLのスコアを見せてゴリ押ししました。

 

2. 交換留学は学費かかった?

Kitarou
2日目の交換って高かった?

2回目は大学のプログラムだったので、いろいろ割引されています。
交換留学というか、正しくは『海外研修』という形で大学の単位にもなります。
研修先は、うちの大学も研究生などを受け入れている大学でした。

合計は覚えていませんが、全額合わせたら少なくとも100万円はかかっていると思います…
もっと短い2ヶ月のコースでも参加費70万だったので…

 

3. 留学2回目の後の進路は!?

Kitarou
留学の後って何してました?

研究職志望だったので、翌年、普通に大学院に進学しました。
留学はあまり進路には関係ないですが、国際学会などで発表したり、研究室にも外国人がたくさんいたので、英会話はかなり役に立ちました。

 

4. 現地人や他国の留学生と恋愛とかなかったの!?笑

Kitarou
1回目でも彼女いたんだし・・・

ヒョロガリ陰キャのキモオタ日本人だったので全然モテなかったです…。
モテている日本人は基本ムキムキです。
ちなみに韓国人の留学生は基本兵役上がりなのでマッチョばかり。

ただ、日本でもかなり童顔なので、欧米人に『You look young! You are so cute!』とか言われていい気になっていました。
英語で映画を見るだけの授業では、ラテン系の南米人ガールに膝枕してもらっていました。

 

執筆者紹介

名前:みるおか

サイト: レコメンタンクいただきライフ

説明:サイト「レコメンタンク」と「いただきライフ」を運営。月間50万PVの人気ブロガー。大学院で食品科学を研究し、卒業後はしばらく企業で研究者を経験。現在は転職を経て、メーカーで企画・マーケティングをしたり、開発をしたり、製造現場を見たり広く浅い仕事をしている。

管理人から一言

オーストラリアに咲いた心残るスチュワーデス物語(TOEICの点数しゅごい)

あと2回目に対するモチベと言うか意識の変化も参考です


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